本日のメイン・イベントはここ、南岳山光明寺。安藤忠雄氏の作品である。

そうそう、今日は氏の誕生日でもある。
以前からウェブサイトや、建築雑誌などでライトアップをされた様などを見て、その象徴的な佇まいに興味があり、ぜひ一度訪れてみたいと思っていた建築である。自分がコンクリートが苦手で、木の方が好きだと言うのもある。しかし、こうして建築物を訪ねてみたいと思うようになったのもひとえにユーノス500のおかげだ。

ひととおり見た感想は「うーん、これはちょっと難しいなー」というものだった。本殿とその裏の建物のは、安藤氏の世界らしい立体感と緊張感でできあがっており、決して悪いものではないと思う。ただ、伽藍配置にまるで風格が無いのだ。このお寺は実際の敷地自体が非常に狭く、大きな寺のような堂々とした配置は出来ないのかも知れない。また光明寺の旧本殿がどのように建っていたのかもわからないのだが、門から本殿に向かうのが、まるで小僧が掃除道具を片付けに行く用な感じなのはどうにもいただけない。鐘楼もなんだか浮いた存在になってしまっている。本殿と裏のコンクリの建物だけで完結してしまっている感じと言えばいいだろうか。安藤氏はランドスケープだっていくつも手掛けているはずだし、これはどう解釈すれば良いものだろうかと悩んでしまった。

それと木の殿堂でも思ったのだが、新築時や建物内部に関しては、木の色も明るく生命を感じさせるものなのだが、外側は風雨にさらされすっかり色あせたような風情になってしまっている。焼きの入った黒い木材ではダメなのだろうか?それともまずはライトアップありきなのだろうか?

また、ご住職に声をかけて撮影を許可して頂いた内部だが、木の組み方は「木の殿堂」と大いに共通していて、柱も太く堂々としていている。組み木も力強い。ただし、ここでも感覚的な事で恐縮なのだが、ご本尊様との距離感が正しくないような気がするのだ。ご本尊様と言うよりも、民家の部屋に配置された大きめの仏壇に近い感覚。ふつう我々とご本尊様の間には、見えない境界線があって、それが神々しさを助長していたりもするのだが、ここではそれが感じられないのだ。

なんだかすっかり批判めいてしまったが、いやはやお寺は難しい。小生自身大して理解もしていないのだし、普通お寺は古い建物だ。それだけで風格や神々しさに思えてしまうので、新しい建物は不利なのかも知れない。
前にも書いたように、天気のおかげで今回の四国旅行は多少消化不良。次回また訪れる時には感想も変わってくるだろうか。