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国宝並び立つ明王院

ちょっと間が空いてしまいましたが、先日の広島ゆきで訪ねた場所などを。

国宝並び立つ明王院


堂々として整った五重塔のある明王院には、以前から訪ねてみたいと思っていたけれど、やっと実現する事ができました。

中道山円光寺明王院は真言宗大覚寺派の寺院で、福山の町の西端に位置しています。もとは常福寺といい、江戸時代初期に芦田川東岸にあった明王院と合併して現在に至っています。明王院周辺は現在のどかな場所ですが、スグ前を流れる芦田川の中州にはかつて草戸千軒と呼ばれる一大集落があり、現在よりも入り込んでいた海岸線から港町として栄えていましたが、1673年の大水で流されてしまったという記録があるそうです。流された時には町もかなり衰退していたそうですが、なにやらロマンを感じますね。

国宝並び立つ明王院

五重塔は、1348年の建立で純和様、総高は29メートルです。当時の住職が、ひとり1文ずつの募金をあおいで建立したことが露盤に記録されており、「一文勧進の塔」と呼ばれているそうです。その優美な外観もさることながら、心柱が二層までしかないことが特徴で、それによって得られた広い空間に極彩色が施された内部がまた大変貴重なのだとか。しかーし、残念ながら内部は拝めませんでした。ちなみに仏壇後方にあった曼荼羅図は東博に所蔵されているそうです。

国宝並び立つ明王院

お隣の本堂はうってかわって、和様、大仏様、禅宗様の折衷様式の代表作とされ、建築史上重要な位置を占めているそうです。1321年と鎌倉時代の建立でありながら、数々の斬新で独創的な細部意匠によって、以前は室町時代の建立かと見られるほどだったそうで、なかでも内部外陣の輪垂木天井は中世唯一の例として、この本堂の最大の特徴とされています。が、残念ながらこれも拝めませんでした。

なお、昭和34年に行われた解体修理工事には、法隆寺で有名な西岡常一棟梁が関わっておられるそうです。(なんでもこの時に腰を痛められたとか…)

明王院では内部こそ見られませんでしたが、詰め込み式ながら古建築のことを少し勉強していったので、なかなか楽しめました。建築様式の独自性や、建築史上の重要性がそのままお寺の評価になるわけではありませんが、ひとつの価値基準にはなりますし、数多く見ていけばその違いから建立の背景や、美意識の表現の変化などが読取れるようになるかも知れません。そこからまた何かを得られれば、お寺巡りもまた一層楽しくなるんじゃないかと、もう少し勉強&鑑賞を繰り返してみたいと思っています。


Categories: Architecture, Travel

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2 Comments

  1. 神社仏閣に関しては知識が無いもんでアレなんですが、、
    内部を見せてもらえないのは何か理由があるんですか?
    見せて減るもんじゃないだろうにと思ったりも(^^ゞ

  2. >>ケイさん
    まー国宝ですし、世の中文化財に傷つけたりする輩も多いですからね。それにお寺は元々見せるためのところじゃないですしね。ただ、本堂内部に関しては単純に朝早かったからかも(爆

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