今回のついで旅で一番の目的は高島市にある旧秀隣寺庭園。

旧秀隣寺庭園

ここはあまり知らなかったんですが、前回の冬のついで旅で訪れて感動した、一乗谷朝倉氏庭園に似ている…と聞いて、俄然興味を持ちました。

大津ICから 50km弱と結構な距離があり、いわゆる鯖街道沿いのため熊川宿や明通寺、小浜などと絡めたほうが効率良さそうな気もしましたが、「行きたいところは行ける時に行く」の信条に従うことに。

旧秀隣寺庭園

この日は天気も良く、安曇川沿いを進む鯖街道は実に爽快、目的の興聖寺には1時間足らずで到着。
秀隣寺でなくて興聖寺?と思ったところで歴史を紐解くと、1528年、当時実権を握っていた細川高国が権力闘争に敗れ、擁立していた12代将軍足利義晴とともに都を逃れてきた際に、書院とともに高国自身によって作庭、献上とされました。高国は戦国武将でありながら、風流を知る文人の一面も持っていたと言われています。

興聖寺

秀隣寺はこの義晴居館の跡に建てられたもので、その後移転、かわりに移ってきたのが興聖寺ということなんだそうです。

まずは本堂を訪ねてご本尊様にご挨拶、この地にまつわる歴史をひととおり説明していただけます。ご本尊の釈迦如来坐像は定朝様式の趣ある像で、国の重要文化財です。

旧秀隣寺庭園

庭園全景、一見して構成力の高さが伺えます。庭の奥は谷になっていて左右に安曇川が流れていますが、そのおかげで比良山の借景がよりダイレクトに感じられてスケール感も素晴らしい。同じく高国の手ともいわれる一乗谷の湯殿跡庭園とはまずそこが大きく違っています。

天気が良すぎる上にこの時間は逆光とあって、m4/3にはなかなか厳しい条件。雲と相談しながらの撮影です。

旧秀隣寺庭園

画像中央が亀島。今回は水の張りが少なめのようです。

旧秀隣寺庭園

こちらが鶴島。大きめの石と水面の面積が多めで、よりゆったりとした構成に感じます。境界を示すように架けられた石橋が非常に秀逸、小谷城主の浅井亮政から送られたとの言い伝えがありますが、こちら側からはかなり薄く見えます。

旧秀隣寺庭園

石橋は奥にももう1枚、小さめのものが存在します。

旧秀隣寺庭園

鶴島をウラ(東側)から見るとこんな感じ。鶴島側から見る石橋は分厚く、その奥に展開され亀島まわりの緊張感の高い石組みに馴染んでいます。

旧秀隣寺庭園

高国はこの地で再起の機会をうかがっていたと言われます。この庭をどのような思いで眺めていたのでしょうか。

旧秀隣寺庭園

この庭園、一乗谷以上に気に入ってしまいました。今後小浜方面に行く機会があったらまた立ち寄ってみたいところ。ただ、一乗谷の湯殿庭園と同様に高国が手がけたとされる北畠氏館跡庭園が、伊勢の山奥、名松線の終点近くの微妙なところにあるそうで、こちらもぜひ行ってみたい。

なんだか行けば行くほどさらなる目標が生まれてしまうような。

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