調和させようとする思想のそのまた根底にあるのは、自然を敬い、自然を大切にすると言うことではないか。


山をご神体として崇めるのは宗教という概念が出来る以前の感覚のように思える。そのために、例えば建築物と山との関係を重視し、緊張感を保つことで山そのものの地位を高めようとしたりしてきたのではないか…。そしてヨーロッパの建築は、概ね自然を支配すると言えば大げさだが、少なくとも自然と対等にしようと言う意識が感じられる。言食住のなかの食で捉えてみても日本の料理の特徴として最も言われているのは素材を大切にすると言うことである。こういったことにも繋がっていかないだろうか。ユーノス500がヨーロッパの車と根本的に違うのはそういった思想の違いの現れと考えている。
マスターピースにおけるカーデザインの分析の仕方は、読んでいただければお判りのように、技術的な切り口を意図的に避けている。ここの面がこのようになっているから良いとか、ピラーとタイヤの関係がこうなっているから良いといった法則的なものや、あるいは工学的にどうとかいうことは確かに大事なことではあるだろうが、そう言った捉え方そのものが危険だと考えているからである。それよりも風景のなかに置かれたユーノス500を客観的、感覚的に捉え、美しいと感じていただきたいのである。そのため、本にはユーノス500の細部の拡大写真はそれほど掲載されていない。これは、細部の写真撮影が難しいこともあるが、環境と調和する事例を少しでも多くお見せしたかったためであり、スタジオやショールームにおかれた車の形をだけを評価するのは終わりにしたいという気持ちからである。個体そのもののデザインだけをみて判断するのはカタログスペックだけを見て性能を納得してしまうことと同じだと考えるのである。カタログを掲載したのは資料的価値も確かにあるが、ヨーロッパの街並みにおける写真は私の方では撮れないために、掲載したという理由の方が大きい。

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