ふたたび薬師寺に戻ってきましたが、白鳳伽藍の前に玄奘三蔵院伽藍へ。

奈良の旅~薬師寺2

玄奘三蔵院伽藍は、復興伽藍ではなく1991年に完成した、いわば現代の伽藍です。写経勧進のお金が余ってるのかな~などと思ったりしなくもないんですが、大講堂や回廊よりも前に完成しているわけですから、薬師寺にとってはとても大切なものなんですね。
奥の壁画殿には平山郁夫氏の大作「大唐西域壁画」が展示されており、平山氏の作品はそれほど好きな部類ではないんですが鑑賞、この旅のすぐあとに氏がお亡くなりになったことからいい思い出になりました。

奈良の旅~薬師寺2

玄奘三蔵院伽藍のあとは與楽門(よらくもん)から白鳳伽藍へ戻ります。薬師寺最大の建築物である大講堂は最も新しく2003年に完成、雄大な佇まいですが、あたかもCGのような画像になりました。両翼の回廊も着々と進み、あと少しで全部つながります。

お向かいの金堂は伽藍復興のトップバッターとして1976年に完成、本尊に薬師三尊像をお祀りしていますが、この国宝を守るために堂内中心部はコンクリートにし、それを囲うように木造で建築してあります。
数百年後にこのコンクリート部分のみが駄目になってしまったとき、修理によって樹齢1000年以上の貴重な材までいくつか廃棄になってしまう可能性があることや、そもそも根本的な構造として全く違う性質であることから、やはり西岡氏は反対の立場でしたが、コンクリート+防火シャッターを入れない限り認可がおりないと採用することになりました。確かにいくらヒノキが強くても燃えてしまいますし難しいですね、でもコンクリートと組み合わされてしまった貴重な木材たちはちょっと勿体なかったような気はします。

奈良の旅~薬師寺2

薬師寺金堂のデザインは研究の結果決められたそうですが、個人的にはちょっと…と思わなくもない感じ。でも、そのテイストの元になった塔に関してはとてもカッコいいと思います。

実は以前、東塔を写真で見たときは初重の裳階の広い幅がガニマタに見え、なんだか土偶みたいで変だなあと思っていました。白壁の割合が大きいのもあるでしょう。それが今回西塔をじっくり見て変わりました。やはり連子窓がついたことで白壁部分が減ってガニマタが目立たなくなったほか、東塔の三重の屋根は以前の修理で多少小さくなっていたんですね。西塔ではそれが元に戻されたことで俄然リズム感が出てきました。この独特の裳階形態と、その裳階によって柱の太さ、つまり構造体が目立たない分、装飾的な華麗さが美しい水煙の彫刻と相まって実に素晴らしいものとなっています。

奈良の旅~薬師寺2

これからはじまる解体修理で東塔もこの西塔のように連子窓を組み込んだものになるのでしょうか?ただ、東塔は多少傾いてしまっているそうですし、連子窓が埋められたのも強度を出すためのものだったなら、当初の形に戻したところでちょっと心配な面はあります。そこはぬかりなく、当時の技術の延長によって補強されてくるのか、はたまた定期的な修理が前提とされているのか、薬師寺東塔の解体修理もぜひドキュメント番組を作って欲しいですね。

それにしても薬師寺の伽藍復興にかける意気込みはもの凄いですね。すっかりなくなってしまった西塔や、回廊を再建するのは分かりますが金堂や講堂などは江戸時代の建物があったわけです。それを撤去してまで白鳳時代の景観を復元する…、どんなお寺でも少なからず夢見ていることなのかも知れませんが、こうして実際に進めて行く行動力には驚かされます。そしてまもなく完成しそうな白鳳伽藍ですが、写経勧進を続けて行くとしたら今後はどうするんでしょうか?北門などまだまだこれからも復元を続けていくんでしょうか?

もちろん増えたり大きくなったりした建物の維持費用も用意しておく必要はあるでしょうが、薬師寺は今回の伽藍復興によって相当数の貴重な木材を伐採してきたはずです。そこで、自分はヒノキ山を育てて欲しいと思っています。もちろん薬師寺の修理にも使うでしょうが、他の貴重な文化財の修理にも分けてあげられるように、500年、1000年後のことを考えて素晴らしいヒノキの山を育てる事ができたらどんなにいいかと、そんな風に思います。

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