言葉では言い尽くせないほどの素晴らしい庭園に出会いました。

大悲山 円通寺

円通寺は妙満寺から距離にして1kmちょっと、徒歩で10分程度のところにあります。木野駅に戻る場合は円通寺→妙満寺の順の方がスムーズなのですが、9時オープンの妙満寺さんに対して円通寺さんは10時から…というわけでこうなりました。

円通寺は興味深いことに、前身は後水尾上皇が造営した離宮で幡枝御殿と呼ばれ、その後修学院離宮造営に伴って下賜されて、お寺になったそうです。つまり、この庭園の借景である比叡山の姿は、上皇が探し求めた情景に他ならないものです。

円通寺 庭園

なんて心落ち着く眺めなんでしょうか。それに落ち着くだけでなく、感性が研ぎ澄まされていくような感覚がしてなりません。「何か」がこう頻繁に比叡山と自分との間を行ったり来たりしているような感覚…。それでいていつまでもここでこうしていたい気持ちにさせてくれるあたり、上皇の美意識が垣間見えるような気がします。

座敷に座っているとわかりませんが、こうしてみると御殿らしく?縁側の高さは高めで、一見低く見える生垣も1.6メートルほどの高さがあるそうです。柱の間隔も一定ではなく、この庭がしっかりと吟味され、設計されたものであることが伺えます。

大悲山 円通寺

石組みも地味とも言えるくらい控え目なものですが、比叡山をよく引き立てていて、しかも比叡山と自分との間を埋める重要な「何か」になってくれています。きっと比叡山が望めない霞んだ日でも、ひとたびここへ来れば、しっかりとその姿を心に描くことができるでしょう。

大悲山 円通寺

じつはこの円通寺さん、長い間撮影禁止の厳しいお寺でした。しかし、2002年に周辺の土地区画整理を伴った開発が始まると同時に方針を転換、いつ失われるかもしれない景観を残して欲しいとのことで撮影を許可されました。あるいはこういった状況に対してのご住職の皮肉なのかも知れません。たしかに、座って眺めてるぶんには画像の通りですが、立ち上がるとチラチラと無粋なものが目に入ってきます。

その後、2007年に京都市眺望景観創生条例が施行、開発が制限されましたが、これまでの数多くの事例を考えても、この景観が残される保証はありません。なんとか後世に残していってもらいたいものです。
下の画像は1975年3月当時の円通寺さん(左下のあたり)周辺の様子。Google Mapと比較してみてください。(出典:国土地理院ホームページ)

大悲山 円通寺

円通寺さんを出てから、くだんの新興住宅地を通って叡山線の木野駅へ向かいました。家は新しく、車庫に停められた車も高級車が目立ち、それなりに裕福な家庭かと思われますが、そのメイン通りはなんと下を見て歩かなければならないほど数多くの糞が落ちている有様。やはりこういった開発地をはじめ、高層ビルや高層マンションを利用する人々は、それ自体が多くの人の景観を犠牲にしてしまっていることを理解せず、周りを思いやる気持ちもないのだろうかと暗澹たる気持ちになりました。大悲山 円通寺、大いに考えさせられるところです。

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